日本医療用縫合糸協会

日本医療用縫合糸協会

最近の医療用縫合糸(針)の紹介 (医機連ホームページ連載企画「私たちの暮らしと医療機器」に掲載)

私たちの暮らしと医療機器 第17回 外科手術の進化を支える―医療用縫合糸・針

誤って切り落としてしまった指先を、顕微鏡を使って見事に縫い合わせていく手術のドキュメンタリー番組をテレビで見ました。指を再生するだけでなく、機能もほぼ元通りに回復していました。今までは不可能だった微細な血管や細い神経をつなげることが可能になったのは、手術用の微細な糸や針が開発されたからだそうです。それらの縫合糸や針について、日本医療用縫合糸協会とメーカーの方に尋ねました。

■顕微鏡を使った特殊な手術「マイクロサージャリー」

切断された指を再び接着する、切れた神経を縫合するなど、顕微鏡を覗きながら特殊な器具を使って行う手術を主に整形外科領域において「マイクロサージャリー」と呼びます。「マイクロ」はその名の通り「微小」、「サージャリー」は「外科」という意味です。マイクロサージャリーは近年急速に発達した医療技術で、戦後しばらくはまだ微細な血管などの吻合(ふんごう:血管を縫い合わせてつなげること)は不可能でした。

―微細な血管ってどのくらいの直径なんですか?

0.1~0.5mmですから、ミクロン(μ:1μは、1000分の1mm)の世界になりますね。日本では、1965年に切断された親指の最接着手術に成功して以来、マイクロサージャリーは急速に発展しますが、その背景には手術技術の向上の他に、手術用顕微鏡の開発や縫合糸・針の開発がありました。現在製品として生産されている一番細い糸は直径10μ(0.01mm)、針の太さは30μ(0.03mm)で、世界で最小のものです。

マイクロサージャリ―用の針付縫合糸

―え、肉眼ではよく見えないんですが…!

この糸と針を使った手術は、20~50倍の倍率の顕微鏡を使って行われるのですよ。製造するときも室内の空気の動きだけでふわふわと飛んでいってしまうので、しっかり固定をして、もちろん顕微鏡を使って、製造しています。針先を研磨するのも、針と糸をつなぐのも手作業です。―「神業」とも言える技術ですね!

■顕微鏡を使った特殊な手術を支える縫合糸・針

たとえば、事故で切断してしまった小指を縫合した手術例では、世界最小の縫合糸と針を使って0.5mmの血管と0.1mmの血管を吻合しています。血管は、体の組織の隅々にまで酸素を運び老廃物を排出する大事なネットワークですから、血管をつなぎ合わせられなければ組織は死んでしまいます。また、神経もちゃんとつないで機能を回復させることも大切です。

―このような微細な糸と針がまだなかったころは、つなげることができないケースもあったのですか。

そうです。残念ながら切断されたままにするしかないケースも多くありました。医療現場からも「もっと微細な糸と針にならないか」という要望が強く、私たちメーカーはその声に応えて技術開発に取り組みました。この例は、足の親指の一部を手の小指に移植しているのですよ。手の指が元に復元すれば、生活の質が大きく変わります。また、近年は「ただ縫い合わせる」だけでなく、「手術痕をなるべく残さない」「できるだけ機能を回復させる」ことが追求されています。

手術例

―縫合糸と針の開発で医療が進み、高度な手術が可能になったことが、患者さんの生活の質の向上につながったのですね。

縫合糸の種類

■傷口が開かないように押さえ、組織の再生を助ける

マイクロサージャリーで使う縫合糸と針は特殊なものですが、普段の手術で使われる縫合糸と針も含めると、実にさまざまな種類がありますよ。その種類は万を超えるのではないでしょうか?縫合糸と針の役割は、傷口を縫い合わせて開かないようにし、組織の再生を助けるものです。骨をつなぎ合わせることもありますし、皮膚、血管、神経など、さまざまな組織に合った縫合糸と針があります。どういう種類があるのか見てみましょう。

針の形状と特色

まず形状としては、針だけのもの、糸だけのもの、針の後ろに糸がついているものがあります。糸は、1本の単糸でできている「モノフィラメント」と呼ばれる種類と、複数の細い糸を編んだり撚り合わせた「マルチフィラメント」があります。モノフィラメントは菌が入らないため感染を起こしにくいという利点がありますし、マルチフィラメントは結びやすくほどけにくいという利点があり、手術の部位や方法などによって選択されています。また、縫合した後に組織に吸収されず残るものと、合成吸収糸という組織に吸収されるものとがあります。長くつなぎとめておかなければならない箇所では糸が組織に吸収されると困りますし、糸が残っていることで結石などを生み出してしまうような部位では吸収糸が使われます。
針は湾曲している物が多く、その湾曲の度合いと長さの種類がさまざまありますし、丸いのか多角形なのか、先端が尖っているのか丸みを帯びているのかの種類もあります。組織を切りながら縫っていく場合と、組織をなるべく傷つけずに刺し込んでいく場合で針先も異なるのです。

―骨を縫うことも出来るなんて驚きです!

■素材やコーティング技術の開発を続け

縫合糸と針の開発は、金属や合成樹脂などの素材の開発、針と糸をつなぐコネクティング技術、開発した糸と針に合った道具の開発など多岐に渡ります。また、手術は刻一刻を争うものですから、糸や針がすべりにくくてイライラしては大変です。そのため針は、適度に鋭く、折れにくく、さらにすべりやすくするためのコーティングの技術も必要です。医師や看護師が手術中に自分の指を誤って刺してしまわないような先端の処理技術も求められています。何よりも糸も針も人体にとって安全であることが重要で、組織にダメージを与えにくいものにしなければなりません。そのため、組織反応を起こしにくい糸の開発に取り組んでいます。また、糸には適度な強さが必要で、途中で切れてしまわないようにしなくてはなりません。世界最小の縫合糸と針ももちろん、「縫合操作に耐えられる強度」と「血管壁を貫通する刃物としての要素」が求められます。そのため針は、微小血管でも貫通するように丁寧に研磨され、針の通りを良くするためにコーティングされています。また、糸と針の継ぎ目に段差をなるべく作らないよう、レーザーで針のおしりに穴を開け、糸を通して接着する方法などもあります。

―求められる機能や技術は多岐にわたるのですね。!

■「切る」治療から「残して生かす」治療に

「針と糸で縫う」という作業はずっと昔から行われてきたとてもアナログ的な技術ですから、今までと同じようにより微細にして不可能だった手術を可能にすることや、新しい素材の開発を続け、医療に貢献したいと思っています。
近年は、たとえば胃のポリープは開腹手術をしなくても内視鏡を使った手術で切除することができるようになり、「切る」治療ではなく、なるべく切らずに組織を「残して生かす」治療に変わってきています。そういう面では縫合糸と針の需要は減っていくと思います。交通事故や切断事故も減っていって欲しいですし…。とは言え、必要な手術は引き続き行われていくものですので、治療に役立つ縫合糸と針を開発し、提供していきたいと考えています。最近では歯科において、従来は抜くしかなかった歯も、神経を縫い合わせることが可能になったことで歯を残せるようになったそうです。眼科では微細な縫合糸と針で角膜を縫合することも行われています。縫合糸と針の開発によって今まで不可能だった治療が可能になることはとてもうれしく思います。

―これからの開発に注目したいと思います。ありがとうございました。

縫合糸・針を開発、普及

日本医療用縫合糸協会は、国内のメーカー等が参加し、縫合糸・針の開発や安全性問題、医療行政の課題などに取り組んでいます。医療現場の要望に応えて高品質、最先端の縫合糸・針を提供することにより、社会の福祉に貢献したいと考えています。

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